医師の新薬に対するアンメットニーズ
15年間の推移(2011-2025年)

目次
はじめに
医薬品開発において、まだ満たされていない医療ニーズ(アンメットニーズ)を把握することは非常に重要です。しかし、そのニーズは固定的なものではなく、常に変動しています。画期的な新薬が既存のニーズを解消する一方で、社会環境や患者さんの価値観の変化が、新たなニーズを生み出すこともあります。本事例では、この「アンメットニーズの変遷」を具体的に把握するため、2011年から2025年に至る15年間で、医師が新薬を望む割合(以下「新薬ニーズ」)の推移を分析・考察した結果をご紹介します。
分析の概要
- 分析の目的:
- 医師の新薬(アンメット)ニーズが、15年間でどのように変化したかを時系列で分析します。
- 分析データ:
- 医師アンケート調査データベース「PatientsMap」
2011年~2025年までの過去15年分のデータ
各疾患における「新薬を望む医師の割合(%)」を使用 - 分析の手法:
- 単年の短期的な変動に左右されず、中長期的な市場トレンドを正確に把握するため、4年間の移動平均を用いました。2011-2014年の平均値を「100」として指数化し、その後のニーズの増減を「変化指数」として可視化しています。
分析結果1:全体傾向
まず、分析対象とした127疾患全体の新薬ニーズについて、過去15年間における平均的な傾向を概観します。以下は、2011-2014年の新薬ニーズの平均を100とした時の、各時点における変化指数の推移を示したグラフです。

【考察】
グラフから、127疾患全体で見た新薬ニーズは、15年間で緩やかな低下傾向を示していることが確認できます。この結果は、多くの疾患領域で治療が進歩し、医師の新薬ニーズが全体として一定程度、充足されてきたことを示唆しています。
ただし、こうした「全体平均」の数値だけを見ていては、市場で起きている本質的な変化を見誤る可能性があります。実際には、この平均値の水面下で、ニーズが急速に満たされた疾患領域と、アンメットニーズが逆に顕在化している疾患領域が存在します。
次のセクションで、この対照的な内訳を確認します。
分析結果2:
新薬ニーズの低下が顕著な疾患(アンメットニーズの充足を示唆)
次に、この15年間で新薬ニーズが顕著に低下(=充足)した疾患群に注目します。以下は、特にニーズの低下幅が大きかった疾患の推移を抽出したグラフです。

【考察】
新薬ニーズの充足が最も象徴的なのは「C型慢性肝炎」でした。2014年以降の直接作用型抗ウイルス薬(DAA)の登場により、「治癒(ウイルス排除)」が現実的な目標となったことで、医師のニーズが著しく充足されたことが示唆されます。
その他、乾癬、アトピー性皮膚炎、慢性リンパ性白血病などにおいても、新薬ニーズの充足傾向がみられました。乾癬やアトピー性皮膚炎においても、生物学的製剤やJAK阻害薬といった革新的な薬剤が次々と登場し疾患のコントロールが可能になったことが、ニーズの大幅な低下につながったと推察されます。
分析結果3:
新薬ニーズの高まりが顕著な疾患(アンメットニーズの存在を示唆)
対照的に、15年前と比較して新薬ニーズが横ばい、あるいはむしろ高まっている疾患群も存在します。以下は、特にニーズの上昇幅が大きかった疾患の推移を抽出したグラフです。

【考察】
新薬ニーズの高まりが最も顕著だったのは「続発性正常圧水頭症」でした。
その他、「変形性膝関節症」「不眠症」「腰痛症」といった、生命予後に直結するリスクは比較的低いものの、患者さんのQOL(生活の質)を長期にわたり著しく低下させる慢性疾患において、新薬ニーズが高まっている傾向がみられました。これらの領域では、根本治療や、より安全で効果の高い治療選択肢への期待が、高齢化社会の進展とともに根強く残っている実態が浮き彫りになりました。
分析結果4:
領域別動向:がん領域
最後に、巨大市場である「がん領域」に焦点を当てます。以下は、「がん領域」関連疾患の推移を抽出したグラフです。

【考察】
がん領域における新薬ニーズの平均変化指数も、全体と同様に緩やかな低下傾向を示しています。
その内訳を見ると、「慢性リンパ性白血病(CLL)」、「悪性黒色腫(メラノーマ)」、「内分泌療法抵抗性前立腺がん」、「多発性骨髄腫(MM)」、「慢性骨髄性白血病(CML)」といった血液がんや一部の固形がんにおいて、治療法が飛躍的に進歩し、医師のニーズが急速に充足したことが示唆されます。
一方で、「乳がん」や「脳腫瘍」のように、変化指数が横ばい、あるいは僅かながらも高まっている疾患も存在します。この結果から、がん領域の治療が進歩する中でも新たな課題が生まれ、次なる治療選択肢への期待が高まっていることが推察されます。
まとめ
本事例では、15年間における医師の新薬ニーズの変遷を分析しました。その結果、新薬開発の目覚ましい進歩に伴う、新薬ニーズの『構造的な変化』をデータを通じて明確にすることができました。 1. ニーズが充足した領域:
C型慢性肝炎や一部のがん・皮膚疾患のように、革新的な新薬の登場でニーズが著しく充足されました。
2. ニーズが高まった領域:
変形性膝関節症、腰痛症、不眠症といったQOL(生活の質)に関連する疾患群でニーズが高まっている実態が浮き彫りとなりました。
このことは、医療現場の期待が従来の「救命・延命」だけでなく、「QOLの維持・向上」へとシフトしていることを強く示唆しています。今後の新薬開発においては、こうしたQOL領域のアンメットニーズにいかに応えるかも、ますます重要な課題になると考えられます。
PatientsMapを用いたアンメットニーズの時系列分析は、希少疾患を含む多数の疾患トレンドを長期的に解析し、これまで捉えきれなかったアンメットニーズの変遷を可視化します。これにより、データに基づいた意思決定を可能にし、新薬開発の成功確度を飛躍的に高めることに貢献します。
貴社の製品開発・マーケティング戦略に、PatientsMapのインサイトをご活用ください。
貴社の課題に合わせた、より詳細な分析やご提案も可能です。
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